創  業

明治30年(1897)観音寺柳町で創業
創業時の店舗に飾られていた大黒様

二代目店舗(昭和30年代)

二代目店舗内にあった喫茶(昭和30年代前半)
当時珍しかったテレビを見に大勢の客が訪れた

銘菓「観音寺」誕生

昭和35年(1960)銘菓「観音寺」誕生
銘菓「観音寺」は今も観音寺の味として皆様に愛されています。

昭和30年代頃より、新商品のネーミングや包装紙デザイン等、和田邦坊氏とのコラボレーションにより、モダンなデザインによるお店づくりが進められます。

三代目店舗(昭和40年代)
和田邦坊氏プロデュースによる斬新な装飾を取り入れた三代目店舗。

現代の店舗へ

平成17年秋(2005)四代目店舗がオープン
観音寺柳町商店街アーケード撤去と道路拡張工事に伴い、旧店舗にあった和田邦坊氏作品を随所に配置した新店舗をオープン。
おかげさまで、今も観音寺の老舗菓子店として皆様にかわいがっていただいております。

和田邦坊デザイン

和田邦坊プロフィール

和田邦坊作「風神雷神」部分

和田邦坊(1899~1992)は、香川県琴平町出身の時事漫画家、小説家、商業プロデューサー、讃岐民芸館館長、デザイナー、画家。
戦前は東京日日新聞の新聞漫画家や小説家として活躍。代表作は、お札を燃やしている船成金の風刺漫画、小説 『 うちの女房にゃ髭がある 』 など。
戦後は、香川県民であれば誰もが知る物産品や店舗装飾等をデザインし「香川のデザインは邦坊のデザイン」と謳われる時代を作り上げました。
画家としての活躍もあり、障壁画 《 讃岐の松 》 は、現在も香川県庁知事応接室に展示されています。

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